Vol.1 菊谷詩子さん

サイエンス・イラストレーター

― 研究の世界から、絵を描く、ということをお仕事にされて、何か変わりましたか?

私にとってはこの仕事は、研究の延長のようなもの。そもそも生物学をやろうと思ったのは、どうして自分は存在しているのか? なんで生き物っているのか? そういう疑問。そして、そういうことを考えながら絵を描いています。

― ああ、研究のモチベーションと通じますね。

kikutani3

はい。生き物が好きだったわけだけど、研究室で実験して、論文を書いてという方法ではなくて、もっと引いた視点で生き物について考え、表現したいと思ったんですね。絵が好きだったことと相まって…最終的にはベストの選択だったと思います。

楽しいんですよ。いろんな生き物がいるなって思って。独りよがりかもしれませんけど、描きながらあれこれ考えるんです。粘菌が線虫を捕まえる様子って、魚が狩をする様子と良く似ているんです。全然別の生き物なのに。構造じゃないんだなぁって。研究をしていた頃も、絵を描いている今も、生命をみる視点は変わらないんです。それにこの仕事をするようになって、興味の幅を広げてもらいましたね。もともとそんなにアンテナは大きい方ではないので、研究者になっていたら、すごく狭い領域のことしかできなかったかもしれません。それが、依頼を受けて絵を描いて、もともと自分の興味があったわけではないことも勉強させていただいて、そこから興味が広がっていく。それがまた面白いですね。

― 研究者の場合、あれこれ考えて、確かめたくなってしまう気もします。

私の場合、絵を描く…ということで、近くに寄れている気がする。自分のものとして取り込んでいる感じがするんですね。あれこれ空想して。文章にしなくても良いし、証明もしなくて良い。ずるいことしてるんですよ(笑)。クライアントさんがいなくて、趣味でも描きますね。これまでの仕事では生命誌研究館*4からの依頼で描いたものが、自身のそもそもの興味ととても合致していますね。進化と多様性、というのは私にとっての大きなテーマなんです。

kikutani4

― 科学者、研究者のイメージや、菊谷さん側から思うことなど。

研究者っていうのは、自分にとってはすごく身近な存在です。ダンナも研究者ですしね。

― ひとりひとりを見ているんですね。

そうですね。論理的であるとか、自分のやりたいことに貪欲であるとか、共通点もありますけど、でも、研究分野によって、個人によって様々ですよね。生物の人は、視覚的にものをみる人が多い気がしますね。あと、対象が好きな人が多い。この生き物のここがいいんだよーって嬉々として語りますよね。素粒子の人なんかが、ミューオンが好きなんだよーとか、グラビトンが可愛いんだよーって言うのは、あんまり聞かないですね(笑)。生物は結構ファジーなんで、グラフの直線から外れるものだってある。物理やってるダンナには、そこが解せなかったり。結構違いますね。

― 私も物理の人と話すと、びっくりすることあったりします(笑)。

― 研究者が、サイエンスを伝えようとすることについて、どう思いますか?

サイエンスと社会を繋ごうという活動に関わっている人って、研究者以外の人が多いという印象を受けていました。それはやっぱり、その人たち自身に、サイエンスや.研究者について知りたい、という気持ちがあるからじゃないかな、と。逆に研究者はそうした周りの動きに無関心なのかなと感じていたのですが、少しずつ、大学院生や若い人たちが、そうした活動に参加するのを見られるようになってきましたね。

― でも、ひとりよがりになってしまっていないかな、と不安もあるのですが。

研究者がサイエンスの魅力や、自分の研究内容について専門家以外の人に伝えようとするときに、そんなに無理に相手に合わせなくてもいいんじゃないかと思うんですよね。学校の先生じゃないんだし、丁寧に教えよう、というのも違いますよね。夢中になっていることがある。なにより面白いと思って研究していることがある。で、周りからみると、研究を面白いと言ってやっている人が気になる。

― 人の魅力、でしょうか。

そうです。その人の存在自体が魅力になるんです。だからこそ、研究者という立場をしっかり持ったうえで、その魅力をいかにシンプルに出していけるか、ですね。

― 税金で教育して頂いて、研究ができて、いろいろ考えなくちゃとも思います。

kikutani5

日本では科学と技術はセットで語られがちですけれど、ひとつひとつの研究が必ずしも役に立たなくても良いと思います。好奇心、知りたいっていう気持ちは人間の特性。研究者にはそこを満たす役割がある。みんながみんな研究できるわけではありませんし、そういう役割を担う人も必要なんです。それに、基礎科学にしろ、役に立つ技術にしろ、裾野はとても大切です。サイエンスに関わる人、考える人が沢山いて、その上に発見や、役に立つことがある。日本は近代以降、役に立つところだけ輸入しちゃったんですね。だから、本当は裾野を育てなければいけない。

― そういった意識は、小さな頃から育てていくものでしょうか。

そうですね。やっぱり、子供の頃から、というのが大切だと思っています。今、絵本を描いているんです。子供向けの自然の絵本って、自然観察に終わるものが多いのですが、それだけじゃなくて、ちょっとサイエンスを感じさせるもの。よく見た、その先を少し考えてもらえると良いなって思っています。4,5歳向けの絵本で、来年の3月くらいに出ます。

― ぜひ拝読したいです!

サイエンスと専門家以外の人を結ぶ仕事としては、こうやって絵本を描いたりもしていますね。あと、いずれ自分の個展を開いたりもしてみたいなぁ、と思っています。自分自身のこととしては、日々精度を上げていきたいですね。新しい知見はどんどん出てきます。知識に関しても、技術に関しても、磨いていきたい。日々努力と鍛錬というか…本当に、まだまだだなぁって(苦笑)。

  • 企画責任者

    kodera

    小寺千絵

    生物科学専攻博士課程

    いわゆるパン酵母を相手に、細胞内の物質輸送の研究をしています。生きているってどういうことなんだろう?と常々考えつつ、生き物たちの美しさに魅せられています。

  • メンバー

    • 大塚蔵嵩
    • 喜多村茜
    • 貴舩永津子
    • 砂田麻里子
    • 手塚真樹
    • 中島迪子
    • 中村史一
    • 西原潔
    • 平沢達矢
  • これまでのインタビュー

  • cp_logo