Vol.1 菊谷詩子さん

サイエンス・イラストレーター

記念すべきCrossing Point 第1回は、サイエンス・イラストレーターの菊谷詩子さんです。菊谷さんは実はインタビュアーの学科の先輩に当たります。彼女が描いたイラストを用いた研究室案内やwebページをいつも身近に目にして、落ち着いた色合いの、緻密でありながら生き生きとしたイラストの数々に惚れ惚れしていました。同じ学び舎で研究をしていた大学院生だった菊谷さんが、いかにして描くことを仕事としたのか。サイエンスとイラストがどのようにつながっているのか。たっぷりと伺ってきました。

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― サイエンス・イラストレーター、というご職業、大変興味深いのですが、具体的にはどのようなものですか?

イラストレーションは、そもそもサイエンスと切り離せないものだったんです。特に昔の博物学者なんて、自分で絵を描きますよね。ヘッケルの絵だって、あれ、全部自分で描いているんですよ。18,19世紀に博物学が隆盛した頃は、精緻な博物画を描く科学者は複数いました。細胞の発見で有名なロバート・フックも顕微鏡下の生き物を描いています。大学の生物の実習でも、スケッチ、しますよね。観察して、その形をきちんと捉えるというところに、絵は欠かせないんです。現代でも、「Molecular Biology of the Cell」*1に絵が無かったら?なかなか読めないですよね(笑)。

― サイエンス・イラストレーション専門の人、というのはいたのですか?

17世紀に生きたマリア・シビラ・メリアン*2という人は、私個人としては最初のサイエンス・イラストレーターと言っても良い人だと思います。彼女は蝶の幼虫から羽化まで観察し、その様子を一枚の絵に食草とともに描きました。ただ観察対象を写し描くということを越えて、その昆虫の生活史−ライフサイクルを描いているということがサイエンス・イラストレーションとして素晴らしいのです。

― イラストは、観察対象、研究対象を伝えるために必要なもの、なのですね。

はい。留学先のアメリカでとっていたのは1年間のサイエンス・イラストレーションのコース*3だったのですが、そこでは科学コミュニケーションの中で、ライティングとイラストレーションの2つのコースがあるんです。日本では、ライティングのことしか考えられていませんよね。一般的に、イラストレーションは認知度がとても低いんです。私たちの存在を知ってください。

― (学部時代のスケッチを見せていただいて)きれいですねー。すごい。

3年生の実習でこういうのを描いたりしていた頃は、サイエンス・イラストレーション、という仕事があるっていうことは知りませんでした。

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― 当初は、研究者になろうと思っていたのですか?

はい。そうなんです。絵は好きだったんですよ。昔から。それで、絵が好きだってことを周りにうるさく宣伝していたら、日本でサイエンス・イラストレーションをやっていらっしゃる方の新聞記事などを周りの先生が持ってきてくださって。で、アポとってその方に会いにいって、こういう仕事もいいなぁ、と思うようになったんですね。

― でもそこから、実際に仕事にしよう、というのは、決心というか、勇気が要りますよね。

はい、要りました。だから、留学する時はまず、休学で行ったんです。駄目だったら戻ってこようと(笑)。博士課程に入った頃から少しずつ具体的に考え始めて、週一で美術の専門学校に行ったりもしていたんですが、日本ではきちんとした教育を受けられる課程はないんですね。親は、"生きてさえいてくれればいい"っていうくらい放任なので、全く反対はされなかったのですが、指導教員の先生が、本当に一所懸命考えてくださいましたね。結局、休学状態で単身アメリカに飛び出して、コースを終えて、インターンが終わって、何とかやっていけるかな、と思えるようになって、大学院を退学したんです。

― フリーのお仕事ですよね、いわゆる会社勤めではないことに、不安はなかったのですか?

ありますよー。不安定なことは確かです。定職のほうが、それは楽ですよ。フリーだと、面白い仕事がどんどん来てどうしようって時期もあれば、パタッと仕事が来なくなって、ああ、もう2度と仕事貰えないかも、って思うこともあるんです。それに、えっと思うような金額を提示されたりすることもあります。それでも、自分自身が興味を持てる仕事、やりたいと思った仕事はやります。

― 留学先はアメリカとのことですが、教育がある、ということは、サイエンス・イラストレーターが職業として社会的に認められているということでしょうか。

向こうだとサイエンス・イラストレーターは仕事としての認知度が日本より高くて、博物館に専属で雇われている人もいます。単価も日本の2,3倍ですね。日本の研究者の間でも、昔はデータさえ良ければそれで良い、という感じだったのが、最近は、だんだんビジュアル、見せ方にも気を遣うようになってきましたよね。それで、絵があった方が良いだろう、となる。でも、描く人がいるということは知られていない。そこをもっと広めたいですね。あと、高いんじゃない?とか、誤解もあります(苦笑)。

― あ、私も、高価なんだろうな、と思っていました。

そんなに高いわけではないし、ニーズに合わせてちゃんと描くんですよ。

経済的な面では楽な仕事ではありませんけど、それ以外はハッピーにやっていますね。フリーも、必ずしも悪いわけではないんです。専属だと、いろんな仕事をやらなければいけないですよね。フリーだと、自分で好きに仕事を取れます。サイエンス・イラストレーターは、普通のイラストレーターに比べて、やはり正確さであるとか知識であるとか、高い技術を要求されます。かといって報酬が良いわけではないので、わりがいい仕事ではないですけどね。

― 後輩で、やりたい、という人がいたら、勧められますか?

そうですね。もし、こうした仕事に興味がある人で、"伝えたい"ということが先にあって、それを文章ではなく絵で、と考えるのでしたら、アニメーションやCGなど、コンピューターの技術を学んだほうが良いでしょう。とにかく自分の手で描くことが好き、という私のようなレアケースでしたら、こういう仕事もお勧めできます。

  • 企画責任者

    kodera

    小寺千絵

    生物科学専攻博士課程

    いわゆるパン酵母を相手に、細胞内の物質輸送の研究をしています。生きているってどういうことなんだろう?と常々考えつつ、生き物たちの美しさに魅せられています。

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